旦那のピオーネ

6年前から、旦那がガレージで葡萄を育てている。

葡萄栽培の本まで買ってきて、割と本格的に手入れをして育ててきた。

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葡萄という木は、収穫期を終えると一斉に葉を落とし、冬には最小限の枝だけにするため、老人の杖のように目立たなくなる。

そんな、存在すら忘れそうになるようなヒョロ長い枝が時を迎えると大きく変貌する。

夏が近づくにつれ、一雨ごとみるみるうちに蔦をはわせ、ガレージを侵攻していく様は圧巻だ。

くくってもくくっても間に合わない。

どんどん伸びて、蔦の処理に人間が追いつかないくらいだ。

自然の脅威をこれほど感じる植物は他にないんじゃないかと思うくらい、葡萄は目覚ましい成長を毎年見せてくれる。

 

今年、仕事で初めて役職がついてしまった旦那は、勝手がわからず春からずっと忙しくしていた。

葡萄の手入れに割く時間がなく、わりとほったらかしだった。

それが功を奏したのか、6年目に入って木が育ってきたのか、今年はたくさんの実を勝手にたわわに実らせてくれた。

 

おかげで、私のレッスンに来る子ども達と一緒にプチぶどう狩りをし、ご近所の皆さまやお友達、お世話になっている皆さまに、たくさんのブドウを届けることがきた。

ちゃんと熟れ切った旬のものを食べる喜び。

このなんとも言えない幸せな一粒を、たくさんの大切な人たちの口の中に入れることができた。

そのことが家族みんな、すごく幸せだった。

葡萄が収穫期を迎える前、桃泥棒のニュースを観た。

何者かが勝手に盗み、路上で販売しているとのこと。

そういえば、ご近所さんのみかんも、盗まれたことがある。

家族で夕食を食べながら葡萄の盗難についての話がはじまった。

「お母さん、うちの葡萄も盗まれるんじゃない?」

素朴な次女の質問がとんできた。

「そうだね、いろんな人がうちの前はよく通るし、盗まれてもおかしくないよね。」

「監視カメラでもつけとけば?」

長女が話に乗ってくる。

「ん〜、そうだねぇ、確かに葡萄は盗まれるかもしれないし、盗まれたら本当に嫌だし、残念だなぁって思うと思う。

だけど、盗んだ人がそのブドウを食べて、美味しいって思うんなら、まぁそれでもいいんじゃないかなって思うんよ。」

「え?じゃぁ、盗られてもいいってこと?」

「ん〜、そりゃぁ、あんまり気持ちは良くないし、怖いって思うけど、うちはあのニュースの人たちみたいに葡萄で生活をしているわけじゃないでしょ?盗まれたってそのせいで生活できないわけじゃない。

それより、うちの葡萄を盗まないといけないような状況にある人のことを思いやれたらいいよね。

〇〇ちゃんはよその果物を盗んだりしないでしょ?」

「うん。そりゃぁ、しない。」

「それは、そんな気が起きないくらい今、満足して暮らせてるってことなんよ。

うちの葡萄を盗もうって思って、それを実行しちゃうような状況に置かれている人がいるっていうことに祈りを捧げられたらいいんじゃないかな。

自分が反対側にいないこと。盗むような状況にいないことにまず感謝だよね。」

そこまでのやりとりを黙って聞いていた旦那が口を開いた。

「ある国では、葡萄は宝なんよ。

たいして何をするわけでもないのに葡萄は太陽の光と水、土さえあればたくさん実をつけてくれるじゃろ?

葡萄は神様からの贈り物だって言ってね。

葡萄を盗まれたら、自分がするべき施しを代わりに神様がしてくれたとお祝いするところもあるんで。」

長女が葡萄を口に入れながらもぐもぐ言った。

「ふぅん。そうなん。

うん、まぁ、そうじゃな。

やっぱり盗らんで欲しいけど、まぁ、うちの葡萄を食べて、美味しいって思ったんなら、まぁそれでいいんかもしれんな。」

夕食を食べ終わった次女が葡萄に手を伸ばした。

葡萄は甘くてジューシーで、示唆に富んでいる。

どんな状況であれ、食べた人をひととき幸せにしてくれる果物だと思った夜の話。