尊敬とは、共感とは『幸せになる勇気』アドラー心理学

幸せになる勇気




岡山ママブロガーのマイコです。

公務員を2回退職しました。

国家公務員一般行政事務職員小学校教諭 正規職員転職

子育てを機に、二回目の退職をしました。

いまは、自主講座を立ち上げ、子育てをしながら、無理のない範囲で働いています。

転職一年目は、ほぼ学級崩壊状態。

毎日泣いてばかりの、実に情けない先生でした。

自分の人間力の低さを思い知り、本当に苦しい一年間でした。

自分の過去をフラッシュバックしながら読み、深い学びを得た本を紹介します。

幸せになる勇気 教育の本質

読書が大好きでたくさんの本を読んでいます。

今回ご紹介するのはアドラー心理学の本です。

自分の課題と他人の課題を分ける「嫌われる勇気」続編です。

私は悩むと本屋に行きます。

必要な本が、自分を呼んでくれるからです。

学級崩壊に悩む教師へと変わった青年哲人のもとを再び訪れ、アドラー心理学をどう現実に役に立たせるのかを問うていく内容です。

学級崩壊とは何か、どうすればよかったのか。

いつも心に引っかかる、あの一年の事が、この本のおかげで整理できました。

「尊敬」とは…。

尊敬とは、人間の姿をありのままに見て、唯一無二の存在であることを知る能力のことである。

尊敬とは、その人がその人らしく成長発展していけるよう気遣うことである。

他者を操作しようとする態度、強制しようとする態度には一切の尊敬がない

尊敬の具体的な第一歩

他者の関心ごとに関心を払うこと。

緒にそれを楽しんで初めて、自分が認められていると感じる

他者の目で見て、他者の耳で聞き、他者の心で感じること。

共感するということは「もしも私がこの人と同じ種類の心と人生を持っていたら?」と考えること。

共感とは、他者に寄り添うときの技術であり態度である。

子どもであっても対等な存在として接する。

「悪いあのひと」「かわいそうな私」ではなく「これからどうするのか」子どもとともに考えること。

人は皆、劣等感を持って成長する。

共同体への所属感を求め「共同体の中に特別な地位を確保すること」という目的に根差して行動している。

教師の役割 

冬至

教師とはカウンセラーである。

教育の目標は「自立」である。

カウンセリングとは「再教育の場」である。

教育とは「介入」ではなく、自立へ向けた「援助」

自分の人生は、日々の行いは、すべて自分で決定するものなのだと教えること。

そして決めるにあたって必要な材料:例えば知識経験があればそれを提供してい行くこと。

子どもたちの決断を尊重し、その決断を援助する。

いつでも援助する用意があることを伝え、近すぎない、援助ができる距離で見守ること。

教室は民主主義国家である。

学級という国家の主権者は教師ではなく、子供たちである。

本当の民主主義とは、競争原理ではない。

協力原理に基づいて運営される共同体では「人々は私の仲間である」というライフスタイルを身に着けることができるようになる。

横の関係を築くこと。

「信用」とは、相手の事を条件付きで信じること。担保あっての関係。

「信頼」とは、他者を信じるにあたって一切の条件をつけないこと。

先に相手のことを信じる。

与えよ。さらば、与えられん。

人は親から愛されるためのライフスタイルを確立する。

「人生への態度」自らの意志選択する。

「愛されるためのライフスタイル」とは、いかにすれば他者から注目を集め世界の中心に立てるかを模索する自己中心的なライフスタイル。

愛するということ自らの意志選択し、他者を愛する技術を獲得すること。

人生の主語が変わる。

「わたし」や「あなた」より上位のものとして「わたしたち」を掲げる。

ひたすら信じ、ひたすら与える利他的な態度によって「交友」の関係は生まれる。

愛し、自立し、人生を選べ

「私」からの脱却

「自立」とは自己中心性からの脱却。

他者を愛することによってのみ、自己中心性から解放される。

他者を愛することによってのみ、自立を成し得る。

そして、他者を愛することによってのみ、共同体感覚にたどり着く。

目の前の相手と、ただひたすらをダンスする

ただ、自分から愛すること。

それだけ。

人は皆、別れるために出会う。

「今、真剣にここを生きる」とは、すべての出会いとすべての対人関係において、ただひたすら「最良の別れ」に向けた最善の努力を傾けること。

シンプルな日常を生きる。

毎日はシンプルでありただ続けることが一番難しい。

すべてに通じること。

愛することを選択し、今を生きること。

学級崩壊とわたし

転職1年目のクラスは学級崩壊状態

よく一年もったと今でも思います。

真面目理想に燃えていた私は、現実に直面してどうしたらいいのか分からず、ただただ困り果て、毎日泣いてばかりでした

私の赴任校は小学校といえど、県内では指折りの大変な学区。

やんちゃ盛りの3年生を受け持ちました。

教員は一年目からベテランと同じ条件のもと、初日から一人で教室で働き始めます。

右も左も分からないままクラスに入り、一人で何もかもこなさないといけない。

当然段取りが悪く、子どもはそれを見透かします

人間的魅力が十分にあれば、それでもうまくいくのかもしれないけれど、残念ながら私は、器も小さかった…。

A君は正面から私にぶつかってきました。

いらだちをあらわにし、ことあるごとに反抗

A君を中心に学級のルールが壊れ始めました

必死で授業を考え、一日の流れを工夫し、子どもと外に出て遊びました。

何をやってもうまくいかない

一度崩壊パターンができてしまったら立て直すのは至難の業

疲れ果て、生理は止まり、体脂肪率7パーセントまで痩せました。

女子は同情からか、事あるごとに助けてくれました。

情けない話だけれど、おかげで必死で歯を食いしばり、1年が過ぎました。

このままじゃいけない…。

2年目からは教師サークルに参加し、徹底的に授業生徒指導について学びました。

自分の授業をビデオに録り、先輩先生に観てもらいアドバイスをいただきました。

とにかく分からないことは聞き、研究授業にも立候補

毎日子供と遊び、夜は授業の準備に精をだしました。

2年目のクラスは最高でした。

1年目が嘘のように…。

後で分かったことだけど、一年目のクラスの子供たちが私を嫌っていたかというと、そうではありませんでした。

私は幻想の中、一人で殻をつくって閉じこもっていました。

A君は、担任をしてから3年もすぎた卒業式の日。

育児休業で学校にいない私のために、わざわざ手紙を書いてくれていました。

「先生の事を忘れません。また会いたいです。ずっとずっと僕のことを応援してください。ありがとうございました。」

が出ました。

他にも私を困らせていた子どもたちが、優しい手紙をたくさん書いてくれていました。

知識と経験、人間力、おまけに技術が足りず、本当にむちゃくちゃな一年。

本当に受け持ちの子どもたちには、今でも申し訳ない気持ちでいっぱいです。

「幸せになる勇気」を読んで分かったこと

A君は教室にも、家にも、居場所がありませんでした

必死でに、居場所を求めていました。

に認めてほしかった。

クラスに居場所を作ってほしかった。

私はというと、恥ずかしながら自分の技術の未熟さ家庭環境のせいにしていました。

保身そのもの。

学級のリーダーになろうとし、常に上から目線で決してA君の友人ではありませんでした。

「幸せになる勇気」を読んで、初めてそのことに気が付きました。

A君は結構乱暴で、いわゆるジャイアンタイプ

恐れて取り巻いている友達はいたけれど、心からの友達はいませんでした。

1,2年生の時の担任の先生は退職間際で、やり手の超ベテラン先生

素晴らしい先生でしたが、A君にとって、のびのびと自分をだせる環境ではなかったと思います。

A君はきっと、他でもないに何とかしてほしかったはず。

あの時の私にはそれができるだけの力はありませんでした。

自分に必死すぎて、気づくことさえできなかった。

学級崩壊とは、そういうことなんだろうと思います。

まとめ

最高だった教員生活2年目の終わりに妊娠

必死で転職し、たくさんの人に迷惑をかけながらようやく自信がつき慣れてきた仕事。

当然復帰するつもりで育児休業を取得し、マイホームも建てました。

その後、母の自律神経失調症発病。

自分が復帰すれば、家族みんなに負荷がかかる…。

またまた、転機がやってきました。

私の人生、結構容赦ないですよねw

今は分かります。

全部、自分が望んで引き起こしているんです。

本音の生き方じゃなかった。

すべては、そういうことになっている。

どうするかは、いつも自分で選んでいる。

課題をクリアしない限り、永遠に同じ問題を繰り返す。

経験には意味があり、すべては繋がっていて、何も心配する必要はありません。

そして、一切、ごまかしがきかない…。

意味づけするのは自分自身。

それに合わせて、自分の生きる世界は創られます。

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