一歩下がってみる

岡山ママブロガーのマイコです。

はやいもので、4月がもうすぐ終わりますね。

どんな一か月でしたか?

 

4月は新しいことが目白押しで、精神的にも肉体的にも負荷がかかる1か月ですね。

私にとってもこの4月は、たくさんの変化があった1か月でした。

たくさんの新しい人に出逢い、刺激を受けた一か月でした。

現実は心を映すスクリーン

心に抱く考えが、現実を作ります。

意識的な領域と、無意識の領域にある思いが、現実を作っていきます。

 

スピリチュアルでは、「今」にいることをとても大切にします。

「今」にすべてが在るからです。

 

過去も未来も、「今」作られます。

心に何を思い描くのか。

心の奥に、何が在るのか。

 

生きていると、いろいろな出来事に遭遇します。

いいこともあれば、しんどいこともあります。

 

陰と陽。

ポジティブとネガティブは、車輪の両軸。

寄せては返す波のように、常にアップダウンしながらただ、進んでいく。

 

出来事には、感情が伴います。

人はいつだって、何かを感じながら生きています。

 

感情は自然とわいてくるもの。

コントロールはできません。

感情は時として、少し厄介な存在です。

 

でも、感情と出来事を切り離してみつめることができたら、生きるのが楽になります。

 

沸いてくる感情はコントロールできなくても、

沸いてきた感情を見つめることはできます。

 

感情は感情として認め、ただ、感じる。

そのうえで、現実と感情は、分けて考える。

分けようと意図的に意識できれば、それができます。

 

感情は、過去の経験からの反応です。

必ずしも「今」の出来事とは関係ありません。

出来事は、過去の経験からの自己防衛反応を引き起こすきっかけになっているだけです。

 

感情は否定せずに味わえばいいんです。

感情に善悪はありません。

感情は、「今」手放すものを教えてくれます。

 

あ、こんなものがここに在ったんだね!

気づかせてくれてありがとう。

さぁ、手放そう!

出来事そのものに、本来、意味はありません。

意味付けするのは自分自身です。

 

ある出来事にひっぱられすぎているとき、

人は現実というスクリーンに、前のめりになりすぎているサインです。

そのとき、人は感情に飲みこまれています。

 

私がこの体験を創造したのはなぜだろう?

なぜ、これを体験する必要があったんだろう?

 

この人はなぜ「今」ここにいるのか?

そこにどんなメッセージがあるのか?

 

スピリチュアルを実践して生きる人生では、全ての出来事は自分自身が引き起こしていると考えます。

誰かのせいで、とか、この人さえいなければ、とか。

外側のせいにはしません。

 

なぜ?

 

あらゆる出来事を自分にフィードバックして学ぼうとするとき、

誰かのせいにはできなくなります。

 

誰かがいたからこうなった。

この人がいるから、やめとこう。

こういう発想はすべて他人軸に乗っかっている時の思考。

 

目指すのはいつでも自分自身との一致です。

 

他人は決してコントロールできません。

コントロールできるのは、自分自身の思考です。

意図的に心の中に何を思い描くかは、感情に飲まれなければ、自ら選択することができます。

 

選択の連続が、現実を織りなします。

 

「今」にいること。

あるのは、「今」の連続だけです。

過去の反応が感情として「今」沸き起こり、未来の現実を「今」この瞬間の選択が創造していく…。

選択に影響を与えるのは、「今」どんな思考をしているか。

思考がすべてを作ります。

 

この瞬間に、全てが創造されている神秘。

 

出来事にのめりこみすぎている自分を見つけたら、

心をとらえている出来事を、まるで映画を観ているかのようにスクリーンに映しだし、

具体的にその画面から一歩…、いや、一歩と言わず、三歩ぐらい実際動いて後ろに下がってみましょう。

 

具体的にアプローチすることで、第3の視点から観ることができるようになります。

ただ、そうすることで、感情にひっぱられず、自分の中心に立ちかえることができます。

 

長かった4月。

何度も何度も後ろに下がりながら自己ワークしたひと月でした。

5月はどんな一か月になるかな☆

とりあえず、どこにも行けなくても、お休みってだけでGWにワクワクしています(*´ω`*)

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