母親にもっと支援の手を…。

岡山ママブロガーのマイコです。

自分が母親になるまで、子育てについて何も知りませんでした。

子育てをしながら、親も一緒に育っていく。

そんな毎日を過ごしています。

セントラルパークの家族

先日、もも子の誕生日祝いに家族で姫路セントラルパークに遊びに行きました。

遊園地でお昼ご飯を食べていると、すごい剣幕で子どもを叱っている若いお母さんがいました。

子どもは姉妹で、姉の方がご飯を食べたくないと言って泣いているのを見て、

「何が気に入らんの!?腹立つわぁ。泣くな!」

厳しい口調で大声で怒り続け、睨み付けてた挙句、突然家族を置き去りにして外に飛び出していってしましました。

次女はすぐに母を追いかけて店を出て、長女は泣き続け、お父さんは無言でお片づけ。

女の手をひいて出て行きました。

テーブルからぽたぽた流れ落ちるジュース…。

お食事時だったから、結構な人数がお店にいたけれど、店中の人が無言でその親子の方を気にしているのが分かりました。

もも子もうめ子も食べるのを忘れて呆気に取られて凝視していました。

見守るしかできませんでした。

こんな時、どうしたらいいんだろう…。

お母さんの孤独

そのとき、もちろん子どももかわいそうだったけど、一番かわいそうなのはそのお母さんでした。

家族で遊園地に来て、大勢見てる中でそんな状態にならざるを得ないお母さんの心の中を思ったら、涙が出そうになりました。

きっと、どこにも持って行きようのない思いをたくさん抱えています。

子育てはホントに大変で、私だってあんなふうになってしまっていたかもしれない…。

周りの協力体制や理解も得られなかったら、矛先が弱い子どもに向かってしまう。

お母さんを助けてあげないと、子どもだけ助けることは難しい…。

A君の事。

小学校教諭になって、2年目に受け持った子にA君という子がいました。

その子は幼い時に両親が離婚して、祖父母と一緒に暮らしていました。

母親が再婚して引き取ってくれたので、祖父母と別れ、私のクラスにやってきました。

とてもかわいくてしっかりした子。

頭も決して悪くない。

だけど、どうしても頑張れない子でした。

学校には様々な家庭環境の子がいます。

みんな、均一に同じようにを求めるのは無理です。

その子は給食時間は、私の机の横やお膝の上で食べました。

授業中、どうしても我慢できなくて寝てしまうこともよくありました。

安心して寝ているんならそれでいいと思いました。

勉強だけがんばれなんて、言えませんでした。

お母さんは心を病んでいて、薬を飲んでいました。

夜中遅くまで起きていることも多々あったようです。

学校からの帰り道、よく一緒に手をつないで家まで送りました。

送っていったあと、お母さんとお話をする機会もあり、お母さんの気持ちがほぐれるように努力しました。

春から夏休みまでのたった1学期間で、その子はまた、母の離婚で他県へ転校していきました。

お見送りの会の時、みんなの前でお別れを言っているA君をみて、涙が出ました。

お母さんも大変な人生を送ってきたんだと思う。

お母さんも、頑張りたかったんだと思う。

でも、できなかったんだと思う。

転校してからしばらくして、その子が学校に来なくなったと転校先の先生から連絡がありました。

直前に年賀状をくれていたので、頑張っているんだと思っていました。

心配で仕方がありませんでした。

A君は、どんな子に成長しているんだろうか…。

お母さんは、元気だろうか…。

いつも想っていることを伝えられたらいいのに、と思います。

たった4か月間一緒にいただけだけど、忘れられない子。

教育ができること

もっと子どもを産むということについて、具体的に中学生くらいからしっかり教えていくべきではないでしょうか。

親になるって、本当に大変で、結婚も子育てもおとぎ話とは程遠い現実の連続です。

性教育も、そこから入るべきだと思います。

私は子どもを産むまで、子育てについても出産についても、こんなにも何にも知らないんだ!ってことにさえ気づいていませんでした。

幸い家族も協力的だし、ある程度年をとってやりたいこと一通りやってから産んだから、落ち着いて取り組めているだけです。

子育ては親育て。

姫路の親子をみて、親の支援がもっと必要だと感じました。

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