【過去を癒す】「Who are you?」に何と答えますか!?先祖からのメッセージを読み解く

祖父と父と私


おはようございます。

この三日間、やたらと眠くて、夜は子どもと一緒に寝付き、朝、子どもと一緒に起きる、何とも健康的な数日を送っていました。

朝ごはんにはお庭でとれたレタスを添えて食べています。これがたまらなくおいしいんです。

夢をたくさん見たように思います。頭の整理をしたかったんだな。と思いました。

Who are you?

今日は私の誕生日です。

今朝、FACEBOOKを開くと、ヒロカズマさんのページに、アマゾンの写真・動画とともに、こんな問いかけメッセージが入っていました。

もし、先住民にあなたのことを自己紹介するとしたらどんなことを話しますか?

彼らに分かるように話すとすると、どうなるでしょう?

彼らは、会社も知りませんし、工場も知りません。

あなたは、なにをするひとと言ったらいいのでしょうか?

あなたなら何を話しますか?

前に読んだ本で、初対面で職業や会社名を聞くのは日本人特有の習慣だと読んだことがあります。海外では何に興味があって、どんなことをしているのかを尋ねるのが一般的だそうです。

いかに日本人が仕事をメインに置いているのかがよく表れていると感じました。

アマゾンの密林の集落で、あなたを知ってもらうために、何を伝えますか?

せっかく誕生日にこんなメッセージをもらったので、少し深く考えてみることにしました。

ライフワークは3代で作られる

ライフワークは3代にわたって作られるので、先祖をさかのぼると、自分のライフワークや課題、使命が見えてくるんだそうです。ヒロカズマさんは、戸籍を取り寄せ、調べてみることを勧めています。

私も戸籍を取り寄せ、まだ生きている親戚に話を聞いてみたいと思っています。今、分かっている時点の情報を整理してみようと思います。

父の家系を調べる

祖父と父と私

祖父と父と私

父は3人兄弟の長男として生まれます。

私の父は警察官。その前は部品を作る工場で働いていました。やってみたかったことは車を開発すること。事業を立ち上げたいという野心を持っていた。それで工場に入ったけど、飽き性のため、同じ作業の連続に耐えられず、2年半で挫折。

自分の最大の欠点は飽き性だと言っていました。

「どうせ車なら、パトカーに乗れ。」「公務員になれ!」との周りの説得を受けたことと、警察なら機動隊や刑事など、いろんな職種が経験できるということで結局は自分の意志で警察に転職。結果、自分の性格に合っていてよかったと思っているそうです。大学闘争時代、機動隊として頑張った話をするときには鼻息が荒くなります(笑)

警察でも飽き性な性分を発揮し、自分の興味に合わせていろんな部署に配属希望をだし、ひとところに落ち着かなかった。実際出世欲はなく、試験を受けざるを得ない時だけ仕方なく受けたそうです。

父は神経質で生真面目なので、時間はかかりますが、書類の管理ややるべきことは完璧にしないと気が済まないタイプ。メモ魔で、なんでも記録します。こういった性格は、間違いの許されない職柄に向いていたと思います。また、部屋はいつもきちんと整理されています。いつも身だしなみに気を付け、靴を丁寧に磨いていたのをよく覚えています。

雑談が得意で、コミュニケーション能力が高いです。また、基本的に明るく、のんきです。地域の人との交流を大切にし、よくパトロールに行ってはおしゃべりに花が咲き、長い時間帰ってきませんでした。仕事でもみんなが協力してくれたと嬉しそうに語っていました。たまにいらないことまで言って、トラブルになることもありました(笑)

カラオケがとにかく大好きで、今でも当時の人脈の中で、特定のグループとの付き合いを持っているようです。夢がかなうなら演歌歌手になりたいそうです。

祖父

祖父は男ばかりの7人兄弟の四男として生まれます。中学校卒業後は大阪の醤油問屋へ奉公に行き、その後警察になったそうです。

戦争中は満州(今の北朝鮮あたり)に警察として渡っていました。敗戦し、祖母は一足先にお腹に父を宿した状態で一人船にのり、帰国しました。半年後、帰国した後、ずっと警察として勤務。退職後は百姓とひょうたん作り、御詠歌に熱中していたそうです。旅行が好きで、四国のお遍路へ祖母を出かけていたそうです。

祖母

児島挺身隊に行ったあと、祖母は兄を戦病死で亡くし、20歳の時に親戚だった祖父と養子縁組を組む形で結婚。その後祖父とともに満州へ渡ります。敗戦後の帰国の一人旅は、相当過酷だったようです。何度か話を聞きました。鬼気迫るものがありました。

大変な状況だったので、父がお腹にいる間も生まれてからも、あまりかわいいと思えなかったそうです。また次に生まれた娘を2歳の時、麻酔が効きすぎたため亡くします。私に娘が二人いることにつながっているのかもしれません。

その後、子どもが欲しくてたまらない時に父とは14歳差で次男が生まれます。

祖母は次男を溺愛したため、父は自分の祖父母を慕うようになりました。実際に遠くの駐在所へ引っ越しをするとき、両親のもとより、祖父母との生活を選び、ついていかなかったそうです。祖父母には猫かわいがりをされたようです。

父が子育てに関心がなかったのもやり方が分からなかったからでしょう。今、孫を溺愛しているのも納得です。性格が短期で怒りっぽいのも幼い頃の愛着形成に問題があったためだと私は思っています。

そんな経緯がありますが、父は祖母の介護を積極的にしていて、関係は良好です。一週間に一度は必ず帰って世話をしています。献身的な父の様子には、私も感心しています。

曾祖父

曾祖父は北木島の石割りの仕事に単身で行き、ある程度お金を貯めた後、曾祖母と自宅の敷地内で織物の家内工業を始めました。規模は小さくても立派な起業ですね。

その後、戦争に兵士として国内の戦地に赴き、生きて帰還する。織物工場と百姓をして過ごしたそうです。曾祖母はずっと同じ土地から動かず、子育てと家業の手伝い。父の子育てをし、長生きをしてなくなりました。

祖父も祖母も曾祖父も戦争で亡くならずに帰ってくるあたり、悪運は強そうですね。

母の家系

母と兄と私

母と兄と私

母は5人兄弟の4番目、三女として生まれます。大学に進学したかったそうですが、一番下の弟を大学に行かせるため、自分は高卒で一般的な事務員の仕事に就いたそうです。そのためか、学歴コンプレックスを持っています。私を絶対に大学に入れ、経済的に自立させると決めて子育てをしていました。

仕事をしながらも、お茶やお花、着付けなど、自分の趣味に熱中していたそうです。30歳で父と見合い結婚をし、その後は主婦として父の勤務先について、しょっちゅう引っ越しをしました。子育てに明け暮れるなか、趣味を楽しんできました。やってみたかった仕事は学校の先生子どもの教育に関心があったそうです。

いつだって子どもの願いを叶えようと努力し、今も私の決断に心配をしながらも、一番信じて具体的に支えてくれています。

母は人の目を気にしすぎるところがあり、自分に自信がありません。そのためか、自立神経失調症も引き起こしたので、私に何ができるのか、最近よく考えます。

祖父

母方の祖父は49歳で亡くなりました。仕事は家内工業で軍手を作っていたそうです。兼業農家で農業をしていました。死因は5男が牛を持っていた手綱が緩み、牛の角につかれての事故死でした。それ以上のことは分かりません。

祖母

祖母と私

母方祖母と私

祖母は4兄弟の長女として生まれ、子育てに明け暮れた人生でした。幼い頃から織物工場へ行き、家では兄弟の世話に明け暮れました。

一度離婚をしています。一度目の結婚は姑がきつく、生まれたばかりの息子と夫を一人占めにし、居場所がないことに耐えられなくなって身一つで離婚したそうです。その後、再婚し、5人の子宝に恵まれました

祖父の事故死以後、女手一つで5人を育て、長生きをした姑のお世話にも明け暮れました。祖母は肝っ玉おばあさんでしたが、納得です。

再婚後も夫を早くに亡くしているので、男運が弱かったようです。「男は何より健康が一番だ!」といって、私の父を気に入ったそうです。母が最終的に父に決めた決め手は、(スカイライン)がかっこよかったからだって!父っていったい(笑)でも、車好きな嗜好が活きた結果ですね。兄も車が大好きで、つながりを感じます。

戦争中、子供を3人抱え、敵機が頭の上を通過した時に、「もうどうにでもなれ!」と思ったそうです。なぜだか見逃してもらえ、生き残ります。これまた悪運が強そうです(笑)

戦後は近所の人がお風呂に入りにきて、子どもを連れて最後に入るのが大変だったという話を聞いたことがあります。「先に入ってやれ!」と思い切って入ったこともあるとか言っていました(笑)

長女が美容師になり、美容院を自宅敷地内で始めたので、その手伝い。主に子守をしました。次女もフルタイムで町役場に働きに出たので、その子守をし、長男は国鉄で務めた後、ラーメン屋に転職しました。その子の子守も祖母が請け負いました。生まれてから死ぬまで、ずっと子守をしていたような人です

私は祖母が大好きでした。祖母はよく読書をしていました。初めて読んだ本は、祖母の本棚からかりた、三浦綾子の「塩狩峠」です。作者は、キリスト教信者です。他にも祖母の本棚にある本は、キリスト教系の本がたくさんあったように思います。そのほとんどを読みました。

私がゴスペルに興味をもつ伏線がここにあったように思います。私の旦那の母方家系はキリスト教信者。父方は神道で神主を2世代でしています。

私も旦那も宗教からはフリーな立場ですが、旦那の研究対象もキリスト教に深く関連しています。何かの導きがここにあるように思います。

先祖の想いを受け継いで生きている。

先祖

曾祖母、父、兄、私

私の先祖を振り返ってみました。私の旧姓は「生部(しょうべ)」です。「」という漢字には何かのだという意味があります。

日本全国探してみても、他に「生部」という苗字はうちの本家と分家の家系以外に見当たらない珍しい名前だそうです。「庄部」はあるけど、「生」はないそうです。

「生部」という係は、子育てに関わるもの、乳母のような関係の仕事ではないか。と聞いたことがありますが、誰も本当のところは分からないそうです。

私が子どもの教育に関心があり、その分野に熱中していることに、つながっているのでしょう。

どうやら普通の農家ではなかったらしい。墓をみてもわりに栄えていたようだ。だけど、酒飲みの家系で誰かが借金をし、財を失ったらしいと聞きました(笑)それ以上は誰も分からないらしいです。

確かに私も兄も、お酒は好きです。私は今、健康のために全く飲んでいませんが…。お酒に注意ですね(笑)

兄の酒好きはコミュニケーションに役立っているように思います。兄は賭け事もわりに好きですね。節度は保っていますが。

母の学歴コンプレックスは、有名大学ではありませんが、私も兄も、一応大学を出て経済的に自立したことで果たしたことになります。

兄は今、霞が関で働いています。ノンキャリの国家二種ですが、岡山に就職した後、お酒麻雀のおかげで上司に気に入られ、地元にいたかった本人の意思には反して東京へ出向になり、そのまま出世街道を進んでいます。地方出の公務員としてはその道を究めつつあると思います。

こうして改めて振り返ってみると、本人にその気はなくても、気づいていなくても、ご先祖の願いを、それぞれ受け継いで生きていると感じました。

Who are you?の答え

「Who are you?」の答えですが、私の答えは、歌が大好きで、子どもの教育に関心がある人だと答えると思います。

私に歌の才能があるのも、先祖代々歌好きがいて、才能を磨いてきたからだと思います。

転職を繰り返すのも父譲りだったんですね。父が「公務員になれ!」と言われて流されたのも、私と全く同じでびっくりしました。聞いてみないと知らなかったことです。事業を起こす野心を持っていたことも初めて知りました。私も今、起業をうっすら考え始めています。

あなたの家系を追ってみると、不思議な発見があるかもしれません。

眠っている間は魂が宇宙に帰っているらしいです。天外伺朗さんでいう、「あの世」と言ってもいいかもしれません。この3日間やたら眠かったことも、今日の記事に必要だったからじゃないかな。

先祖からのメッセージを受け取りたい。

これからどんな直感が降りてくるのか楽しみです。

あなたも話が聞けるうちに、ご先祖について調べてみてください。きっと面白い発見がそこにあると思います。

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