公務員を2回退職。フリーは楽じゃないけど、後悔なし

Scary Scary




岡山ママブロガーのマイコです。

 

公務員を、2回、退職しました。

後悔は、ありません。

 

今は、自主講座を立ち上げ、子育てをしながら、無理のない範囲で好きなことを仕事にして収入を得ています。

 

フリーは楽かと言われれば、楽ではありません。

明日の補償がないというのは、とても厳しいものだからです。

 

  • 月給
  • 手当
  • 賞与
  • 退職金
  • 各種社会保障
  • 福利厚生

 

この確約があることは、本当に素晴らしいことです。

これだけの収入をフリーで得ている方は、相当、光っている方です☆

 

退職するなら、これだけのメリットを手放すという自覚は必要です。

生活できる見通しも必要です。

 

フリーは、自分の仕事に対する評価が、ダイレクトに自分に跳ね返ってきます。

ことがあるたびに、自分の人間力まで、突き付けられます。

メンタルが強くないと、フリーは無理です。

 

私は、安定の職場をやめる選択自分の意志決断しました。

生き方の変革をしたかったからです。

 

決めれば、すべてが変わります。

決まらないうちは、決めないという選択をしています。

 

仕事を辞めること自体は、とても簡単なことです。

本当に、紙切れ一枚です。

自分で決めるか決めないかそれだけです。

 

仕事のかわりは、いくらでもいます。

 

自分がいなくなったら困るという理由は、やめるやめないの判断に入れる必要はありません。

 

自分が、その仕事をする生き方をしたいかどうかで、決断しましょう。

 

すべては、うまくいくようになっています。

 

何をして、どう働いても、後から振り返れば、それが必ず一つにつながっています。

何も心配することはありません。

1度目の退職 社会保険庁の巻

新卒で国家公務員2種の試験を受け、岡山社会保険事務局に採用されました。

健康保険、会計事務、年金事務に従事し、7年間勤めました。

 

安定の代名詞『行政一般職公務員』

もちろん、一生働くつもりで就職しました。

 

そして、突然巻き起こった社会保険庁バッシングの嵐。

 

江角マキコの国民年金未納問題が浮上。

そこから、職員のデータのぞき見問題、年金記録問題…。

ずさんとしか言いようがない内容ばかり…。

 

職場は問題が浮上するたびに苦情の電話が鳴り響き、窓口は長蛇の列

押しかけるテレビ取材陣…。

 

精神を崩してうつ病になり、病気休職者、続出。

 

人手が減って、残った職員にどんどん負担が回り、大変でした。

 

何日も何日も休みを返上し、過去の記録古い年金紙台帳を調べ、記録を照合する気の遠くなるような作業。

 

街頭に立って、謝りながら罵倒を浴び、ビラ配り…。

 

私はこんなことがしたいんじゃない!

こんなところにいたくない。

 

心底そう思いました。

 

職場では、自殺者まででる事態…。

 

働くって何だ?!

 

真剣に考え直す、いいきっかけをいただきました。

生き方そのものを考え直し、転職を決意しました。

 

人生には転機が何回かあります。

私の場合、結構わかりやすく、否応なく天から降ってきます。

 

転職活動

公務員をしていて、組織が解体され、公務員でさえなくなる日がくるなんて、本当に誰が想像したでしょうか…。

当時、誰も思いもしなかったことが、自分の身に起こりました。

 

安定なんて、どこにも存在しません。

 

何か事が起こったとき、どう行動するか、その問題をどう捉えるか。

何で今、このタイミングで、他でもないこの私が、この問題を抱えているのか…。

 

そこに学びがあり、メッセージがあります。

 

みんな身を粉にして働き、首切りに怯え、あきらめ感が漂っていました。

おまけに組織解体公務員の身分、はく奪。

まさに、何でもアリでした。

 

いままで一緒に働いていた仲間が3つの組織に分割。

何とも言えない空気が流れました。

 

私は、3つの組織、どこにも行きたくなかった。

私はこんなことしたいんじゃない。

 

28歳。

三十路目前。

 

27歳で結婚し、夫はジャマイカへの留学直前。

子どもを作るのはもう少し先になりそうだし、今しかないって思いました。

 

当時は、自分の可能性を全く信じていない時だったので、最も無難な転職先を選びました。

夫に相談の上、私は収入面では大黒柱だったので、働きながら教員採用試験を受けることに。

 

決めて半年間は猛勉強

白い眼を無視し、残業を減らし、帰宅後は毎晩、採用試験の勉強。

旦那に協力してもらい、真夜中、近所の公園で逆上がりの練習の日々。

 

試験直前に旦那はジャマイカへ留学へ旅立ちました。

合格したら年末に退職し、1か月ほど遊びに行く約束をました。

 

職場には、完全に秘密で進めていました。

苦しい言い訳をし、怪しまれながら数日の連休を申し出て、コソコソと隠れながら教員採用試験を受けました。

 

教員採用試験内容は、

  • 筆記
  • 小論文
  • 集団面接
  • 二次試験模擬授業
  • 個人面接、集団面接
  • 実技(水泳、唱歌弾き語り、鉄棒、マット運動、跳び箱、バスケットボール)

 

二次試験は会場も日にちもまちまちで、合計で5日くらいあるので休みをとるのが大変でした。

 

一応大学は小学校教員養成課程だったけど、公務員試験を受けたので、教員採用試験は初めて

大学を卒業してから何年もたってるし、教員採用試験について、ネットで調べたり、参考書で勉強はしたけど、その他の情報は何もありませんでした。

 

できなかった逆上がりは、やっぱりできるようにはなりませんでした。

不安のまま迎えた当日、なんと、雨のため鉄棒は中止

 

ダメもとの気楽さが良かったのか、見事、一発合格!

神様からのGOサインがでました。

 

それからすぐ、職場に退職を申し入れ、12月末で退職。

 

退職までに、自分の仕事は全部、きっちり片づけました。

有休も消化せず、休日出勤もしました。

退職日まで、職場の皆さまへの今までの感謝の気持ちを込め、最後の日まで、誠実に働きました。

 

1月から1か月間ジャマイカへとび、帰国後は授業の勉強をして4月からの新生活に備えました。

 

小学校教諭に転職し、自分の人間性の低さを嫌というほど知りました。

長くなったので、続きは以下の記事へ。

 

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